ひんだれた芋ログ

日記のコピペ

バイト戦士の最期

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3年半働いた店を、今度こそ辞めた

20:54 終わった。大学1年から働いたお店を辞めた。就活するから一度辞めたのに、復帰して半年ほどまた働いたというバイト戦士、芋です。

バイトは大学生になってから始めた。高校はバイト禁止で、そのためか大学生になったらやってみたいことNo. 1がバイトだった。そんなこたぁなかったな。そんなたいそうなもんじゃなかった。

芋のバイト遍歴

  1. 飲食
  2. 接客
  3. 接客
  4. 接客

②と④は同じところ。お客様相手の仕事しかしてこなかった。高校生の芋に「未来のオメーは、今のオメーがやりたくねぇことしかやってねぇぞ」と教えたら、どんな顔をするのだろう。

当時はベタだが、塾講とかカテキョとかで「学んだことを還元したい」的な高尚な考えを持っていた。ところがどっこい、大学生になった途端勉強をしなくなった。勉強のやり方を忘れた者に務まるはずもない。一応、大学1年の春にとある塾で働こうとした。しかし、授業の準備が必要でその時間はお金がもらえないこと、同時に3人くらい教えないといけないことを聞き、面接を受けたのに、断りの電話を入れた。 こいつアホか?

飲食はハードだった。当時、コンタクトレンズを「目に入れる異物」としか認識していなかったあの頃の芋。メガネをかけて、しかもお化粧もままならない。モチのロンだが、パスタ屋の陽キャと馴染めるはずがない。「同じ店で働こう!」と誘ってくれた友人は北川景子に似てて最高だったのでうまく馴染めている。その他色々とあり、芋には辛い現場だった。芋は意を決して辞め、何かしらのアクションを起こそうとした。当初は店舗ごと吹き飛ばす予定であったがなんとか思い留まり、とある行動をとった。しばらくして北川景子似の友人から「店長が左遷されて、エリアオーナーは会社を辞めたらしい」という話を聞いた。芋は「あ、そうなんだ。大変だね」と言った。しばらくして、北川景子似の友人はお抹茶屋さんで働き始めた。

その後は接客業しかしていない。この接客業は、して良かったと思っている。常に「お客様の為に!お店の為に!」と身を粉にして働いたわけではないが、接客業の大変さを知り、人と接することの楽しさを知った。

接客マスター

接客業はとにかくお客様第一。敬語マスターになった。しかも電話がめちゃくちゃ掛かってくる。電話に出るのが怖かった芋は率先して電話に出るようになった。応対も完璧なはずだ。電話マスターになった。3年半働いて、レジミスは驚異のゼロ。レジマスターになった。芋はバイトを通してこんなに成長した。すごい。すごすぎる。

しかし接客業は身を削る。精神がすり減る。辛くて涙が出てくる。バックルームにある、捨てる予定の段ボールに殴る蹴るの暴行を加えたこともある。
社会の理不尽さはこの接客業で学んだ。
世の中にはいろんな人が、本当に多種多様な人が生きていることも知った。

それでも接客業は笑顔でいなければならない。ムスッとしていちゃいけない。
人の前に立つ仕事というのは、楽しいが辛いことも多々ある。
接客マスターになるのは大変だ。

でも接客業経験者あるあるはやく言いたい

22:57 接客業経験者あるあるはやく言いたい〜♪

  • 閉店間際に店に行かないようになる
  • もし閉店間際に行っても「クレジットで払うのでレジ締め大丈夫です」とか言う
  • 取り寄せを 「客注」と言う
  • レジに行くタイミングを気にする
  • レジではバーコードを読みやすいようにして出す
  • 「後ろ、失礼いたします〜」
  • 平置きの服はたたむし、ハンガーの先頭をとったらフェイスに出し直す

芋は研修中の店員さんのレジに並んだとき、横の教育係の人が「研修中で遅くてすみません」的なことを言ってきても「私で練習してください」と伝えている。この世は持ちつ持たれつ。

接客業経験者はお互いに察し合っている

接客業は世の中にあふれている。接客業を経験したことで、その大変さがわかったので、客の立場になるときは、その大変さをできるだけ小さくしてあげたいし、楽な客になって店員の負担を減らしたい。
店員にも人格があって、感情があることを知っている人間は店員に対して優しいし寛大なはず。

人に少し優しくなれるのが接客業のいいところだ。